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NO9.尖端化ネット右翼桜井派の雑駁とした主張・言動に対する反論~保守思想現象論~ [政治]

NO9.尖端化ネット右翼桜井派の雑駁とした主張・言動に対する反論~保守思想現象論~

 冒頭


本記事は雑駁なものに合わせて論を展開しているために、それに対する反論や論述の構成が雑駁になっている。


しかしながら、全体を通して一つのまとまりになる文章になるよう、文章展開「構想」を練り、さらに文の「推敲」を重ねている。

 

(ざっぱく【雑駁】とは、雑然として統一がないことを指す。)



以下、本文


尖端化ネット右翼桜井派を一言で定義すれば


『雑駁とした言動を繰り返すという点において統一性のある右翼亜種のポピュリズム集団である』となるだろう。


勿論、尖端化ネット右翼桜井派は、対韓国特化特殊右翼(対韓特右)と言い換える事もできる。



さて、彼らの思索の構造、言い換えれば思考ルーチンは一般人から見れば読み解くことは困難ではあるが、彼らの雑駁とした主張・在り方から彼らの正体を分析し、そこからの反論により、保守活動、そして保守の姿を(雑駁しかし現象として)浮き彫りにしていきたい。




まず第一に彼らの主張を雑駁たらしめているのは、自らを「行動する保守」と定義しているところにある。


分かりやすい例を出すが、保守とは、何か改善すべき事がある時には、改革による改善を提示することすれ、革命による国体変遷まで求めないのである。


問題に直面した時、国家を善なる方向に改める、言い換えれば手直しすることが保守なのである。


実力行使すら辞さず現国家の”命”脈すらも変えようとする者達は保守とは言えない。


これは革命思想であり、このような右派は右翼と呼ばれる存在である。


(政治思想的には良き例示とはならないと予め断っておくのだが、感覚的には幕末の攘夷派を思い浮かべれば分かりやすいだろう。彼らは保守という性質には属さない。)


従って、尖端化ネット右翼桜井派である彼らは、どう見ても特殊右翼であるのに、保守を名乗っている時点から、つまり誕生時からして既に、主張に雑駁が生じ初めているのである。




次に尖端化ネット右翼桜井派の唱える保守分裂論に関して論じたいと思う。


そもそも、彼ら自身がなぜ忘れているのかとても不思議なのだが、尖端化ネット右翼桜井派は、地道にロビー活動、政治活動を展開していた既存保守、右翼を、そして既存政党すらも「お前らのやり方は生温い」として否定した事により誕生している。


(最も、当ブログに記載した通り彼らは非常に頭が悪く、それも相まって、トンデモ主張が多いのだが。)


そして路上で暴力としか形容のしようがない言動を繰り返すような運動を展開したのである。


(中には日本の右傾化に成功させた事を功績とし反論する者がいるが、右傾化が一巡した以上、その点をもってネット右翼桜井派の存在を擁護する事はもはや不可能である。右傾化させる事が存在意義であったならば、右傾化に成功した時点で社会に存在する意義が失われたのである。)


さて、論の趣旨に戻るが、分裂したのは、所謂「行動する保守」であり、分裂しているという現象を批判するのであれば、所謂「行動する保守」自身が


「我」(行動する保守)を分裂勢力と定義して反省すべきなのであり、分裂しているという現象をもって「他」(諸右派勢力)を批判するのは筋がおかしく、彼らは、明らかに主張内容が雑駁しているのである。


ということは、分裂という現象の批判をしたいのであれば、所謂「行動する保守」自身が、自らを批判すべきなのである。


(最も、フランス革命時にすら思想は分裂しているので、分裂しない思想など存在し得ないのであり、思想とは分裂の歴史であるのだが。)




②の続きであるが、尖端化ネット右翼桜井派は、桜井誠氏批判を分裂と定義して許さず桜井誠氏への帰依を求めるかのような同調圧力を諸右派、具体的には保守本流や既存右翼などにかけている。


②では、桜井誠派の方が保守本流からの分裂勢力であると論証した。よって③としては、<同調圧力の問題点>について論じる。


当ブログで今まで論じてきた通り(まだ過去の記事を読めれていない方は少なくともNO1NO2NO5の記事だけは確認して頂きたい)、桜井誠氏及びその支持者は、恨みが原動力で夢がなく、まともに文章を読む能力がなく、さらに政治を語る上での最低限度の知識すらなく、また疑わずに低レベルの情報を拡散共有している。


こんな愚かな連中に帰依すれば日本国は沈んでしまうのは明らかであろう。


これは誰が見ても明らかな事であるが、上記は前提条件であり③の論旨はここではない。


以下、同調圧力の問題点について論じたい。



そもそも人類の社会がどのように発展してきたのかを弁証法的に記載する。


人類の社会は様々な考えを持つ、確かな意思を持つ人々が、様々な意見を出し、互いに批判、高め合いベターな選択を勝ち取りその選択を重ねた事により、少しづつ少しづつ発展させていき現代に至ったのである。


人類の社会は、誰かを盲信し帰依する事をすれば発展などしないのである。


議論を封殺し、自分たちへの帰依を求める所謂「行動する保守」は、日本国家の発展を削ぐという意味でも反日勢力に他ならない。


そもそも、しきりに「他」に同調を求めるのではなく、保守本流や右翼から支持される意見を述べればいいだけである。


最も、NO1NO5の記事でも指摘した通り、中学社会科程度の金融の知識すらなく、また、まともに文章すらも読めない、狭くて浅い底の知れた井戸の中の世界から国家観を語る愚かな彼らを支持する者はいないだろうが。


反対に、所謂「行動する保守」が否定する代表格の1つである安倍総理は、保守本流、右翼だけでなく、(思想的には気に入らないという前提はあるのだが)その手腕は左派にまで認められ、消極的な支持層を左派の中からすら広げているという実情がある。


さて論旨に戻ろう。


日本の社会は「目的の為に何をしてもいい論」を出すゴロツキを支持するような者などおらず、そして桜井誠派は、彼ら自身の頭の悪さ、言動の悪さに起因して、より良いベターな選択肢の提示を「他」から受けているだけなのである。


これに気づかず、ネット右翼桜井派が日本社会を害し続ければ、このまま社会から排除されるのみであろう。


ネット右翼桜井派構成員は、思考放棄と個人への帰依を止め、思想の、そして思考の荒野に飛び出し、自ら確固たる自我を持ち、主体的に世界を見つめ様々な事柄に対して判断をし、社会を発展させる存在へと変貌を遂げるべきである。




ところで本記事は、珍しく


「尖端化ネットウヨク桜井派の雑駁とした言動に対する反論」を行ったが、


三下の下らない言動に、このようにしてまともに付き合い評論する優しい日本人は稀なので、ネット右翼桜井誠派は勘違いしないように。


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